東京高等裁判所 昭和28年(う)3839号 判決
被告人 松崎実
〔抄 録〕
所論は要するに原判決が認定した「被告人が昭和二十八年一月十日頃東京都中央区京橋一丁目プリジストンビルヂング横道路上で駐車中の自動車内から米国海軍中尉イー・ダブリユー・ブツチヤナン所有のミノルタカメラ一台、ニコンカメラ一台、バートラン露出計一台(銀鎖付)、米国海軍将校用レインコート一着及び焦茶色チヤツク付折鞄一個を窃取した」事実を、その挙示する証拠によつて認定することはできないし、又その認定は事実誤認であつて、被告人は、昭和二十八年一月十三日頃通称ター坊なる二十三歳位身長五尺五寸位のやせた男から銀座全線座前道路上で後記カメラの売却方を依頼されて翌十四日被告人の住居附近で右判示ミノルタカメラ一台及びニコンカメラ一台を預り町田直一郎方に赴きミノルタ一台だけを売ることにし他の一台はター坊に返還し、翌々日被告人が右ミノルタ一台の売却代金一万四千円を受け取り内四千円を自分の儲けとし、残り一万円を右全線座附近でター坊に渡した。又レインコートはこれを所持していたター坊からカメラ二台を受け取つた際これを被告人において買い受ける約束をしてその引渡を受けたものであるが、その後二十一日頃気に入らなかつた為ター坊に返したに過ぎず被告人において前記物品全部を盗んだものではないと主張するのである。よつて記録を按ずるに、原判決挙示の証拠によれば、本件において原判示日時(正確に云えば午前九時三十分頃から同十一時三十分頃迄の間)及び場所で原判示盗難のあつたことは洵に明瞭であるけれども、右犯行が被告人の所為に係ることを証明するに足りる積極的な明確な証拠が存在しないことは所論の指摘するとおりである。然しながら凡そ犯罪事実を認定する証拠として必ずしも常に直接証拠のみによるを要するものではなく間接的な情況証拠によつても何ら差支のないことは敢えて多言を要しないところであつて、窃盗の事実認定について盗難のあつた日時場所に近接した時点においてその盗難物品を所持している者があつてその物品の入手経路その他これに附随する事項についてその者の弁疏を認めるべき合理的な根拠を欠きその弁解に信をおき難いときにはその者を窃盗犯人と推認することも妨げなく決して経験則にも採証の法則にも違反するものではないと解すべきである。本件記録によれば右判示盗品であるミノルタカメラ一台については被告人が少くともその犯行日時後二三日目にこれを所持し町田直一郎方に赴きこれが売却方を依頼したことは動かすことのできない確実な事実であつて、又その同一機会に右盗品であるニコンカメラ一台を所持していたこともこれを推認するに難くない事柄である。次に右盗品であるレインコートらしいものを被告人が当時着用所持していた事実は、被告人の原審における自供と原審証人杜樹梅、同福島喜代太の証言を総合するときはこれを推測できないわけではない。
而して被告人はこれらの物品の出所は、いずれもター坊なる人物であると弁疎するのであるが、被告人の指示に従つてター坊なる人物を探し求めても遂に発見できなかつたことは記録上明らかであるから、これをもつて直ちに全然架空の人物と断定することは多少ためらわざるを得ないが、少くとも被告人の右弁疏を信用することを得ない資料の一となるものである。又原審における被告人の自供によると、被告人は、本件犯行日時たる昭和二十八年一月十日当時は自家用ハイヤー自動車を借り受け主として駐留軍人をお客とする闇タクシー業を営んでおり渋谷新橋方面を仕事場としていたのであることが明らかであるから、本件犯行の現場である中央区京橋一丁目プリジストンビルヂング附近に自動車をもつて往復するもそれ程の時間を要しない距離にいたことが推察できるのであるし、又前記カメラ二台、レインコート以外の盗難品も前に述べたように同一自動車内から同一機会において盗まれたものであるからこの事柄から盗品全部を同一犯人が盗んだものと推認することも決して不当な認定ではないのであるし、又当時被告人は前記借受自動車の賃借料の支払その他の借銭もあり金銭に困窮していた事情も存していたのであるから、以上の諸点その他原判決挙示の証拠によつて窺われる諸般の事情を参酌考量して前記被告人の弁疏を容認しないで本件窃盗犯人を被告人であると推認することは決して不合理な事柄ではないわけである。なおこの点に関して当審が事実の取調としてした検証の結果を参酌して記録を検討するときは、本件犯行の現場は、通行人の往来、自動車等の交通も頻繁であつて人眼につきやすい場所であるから、白昼駐車中の自動車の窓をコヂあけて中にある物品を盗むような行為は単独では容易でないこと所論のようであるとしても、即ち前記推認した被告人以外に他の共犯者の加担があるものとしても、これがために被告人の窃盗の刑責に何らの変化はない訳であつて、この故に前記推認が覆るものというわけにはならないのである。従つて原判決がその挙示する証拠によつて被告人の弁疏を排斥して本件犯罪事実を認定しても、これを目して所論のように証拠によらないで事実を認定した違法があるとか原判決の事実認定に過誤があるものということはできない。尤も原判決が被告人の弁疏を排斥する理由の(五)として証人杜樹梅の供述を掲げているのは全く如何なる意味か理解に苦しむところであり、又福島喜代太(原判決は証拠説明中十一の項に福島善代田と記載しているが、これは福島喜代太の誤記であること明瞭である。)に支払つた金員のうち七千円の出所に関する被告人の供述について原審の認定に所論に指摘するような誤解があるようであるけれども、これらの誤は原審の判断の結論を左右するような瑕疵とは認められない。然らば原判決には所論のような違法乃至事実誤認は結局存しないというの外ないから、論旨はすべて理由のないものといわなければならない。